香象承伝09「みすゞ刈る 02」
◆美篶とは?02
Antimima herreiに命名された「美篶」、実は万葉集に出て来る恋文の枕詞(枕ことば)なのです。遡ること約千五百年昔、舒明天皇時代(629~641)から(759年)までの約130年の中で詠まれた万葉集の中の五首です。「久米の禅師」と称する英知と活力溢れる好青年が「石川の郎女(いらつめ)」という宮廷の美しく慎み深い女官に贈った恋文です。果たして禅師の願いは成就したでしょうか。ではゆるゆるとまいります。
◆信濃のまくらことば(みすず刈る)全訳
一首:「み薦刈る信濃特産のあの弓を引くように、あなたの心を引いたなら、あなたは淑女らしくいや!とおっしゃるのでしょうか」
- 禅師は法師の意で現代のニックネーム。当時男性はこの〇〇禅師を好んで用いた。
- 石川郎女(いしかわのいらつめ)大和、奈良時代の歌人。石川朝臣の出身か。
- 娉(よばい→婚文→よばいふみ→恋文)《広辞苑》
- 以下、歌物語として伝誦(でんしょう)された一組。
- み→美称の接頭語。
- 薦(こも)は日本各地の湿地に生える多年草で敷物作りに使われ、特に信濃に多く産した。
- 高貴の人。朝廷に仕えた高級女官。
二首:「み薦刈る信濃特産のあの弓を引くように、とおっしゃるけれど、気を引いて強(し)いもなさらないことをどうして私が知りましょう」
- 強く迫らない禅師に行動で表して欲しいといらいらしている
- 女性の名文句「知ラナイ」は千五百年の歴史がある。
- 真弓の「マ」は美称。檀(まゆみ)の弓ではなく後述の梓弓。
《万葉集/中西 進》より引用しましたが、ここには「みすず」がありません。実は、江戸中期の国学者・賀茂真渕が著書《万葉考》で、薦(こも)を篶(すず)の誤字とみて「すず」と読んだところ、語感も良いので後の《万葉集全釈》(鴻巣盛広)などの訳者もこれに従うようになり、特に信州では古くから多く使われ「信濃のまくらことば」として広く知られることになったというわけです。肝心の篶(すず)とはスズタケのこと。北海道から本州中部の山地の林に群生し高さ1~3メートル径7mmで、節が低く元から先まで太さが変わらない竹です。
ここまでで本題の「美篶とは?」は判明しましたが、せっかくですので和歌を結末までお楽しみください。
三首:「あなたは信濃の真弓をひくように、私を引き(誘いも)しないで、ひくように言われるが、実際に弓に弦をかけて引く技(わざ=ここでは女性を愛する方法)を知らないのではありませんか」《信濃の秀歌百首 塚田青岡》より
四首:「もしも梓の弓を引くたくましいその腕で誘われたならば、誘われるまま身を寄せもしましょうが、後になってのあなたの心が知りかねます。」
・梓弓:信濃に多く産する、強く丈夫な梓の木で作られた当時京では強弓と知られた弓
五首:梓弓に弦をとりつけて引くようにあなたを誘う人は、後の心をよく知っている人です。だから安心して誘いに乗りなさい。
以上、久米の禅師と言う男性から石川の郎女に贈った恋文で、信濃を詠み込んだ和歌でした。本題のAntimima herreiからだいぶそれましたが、和名も調べると奥深くて面白いです。
この記事を書いた人
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タイトルは「こうぞうしょうでん」と読みます
長野在住
多肉含めて植物全般「今昔」いろいろを語ります
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